「トトロの森、航空発祥の地、サクラタウン。日本が残していきたい文化は所沢にある。」ハウスコム株式会社 所沢店 店長 井上洋介

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プロフィール

ハウスコム株式会社 所沢店 店長 井上洋介

出身地:島根県 年齢:30代 趣味:野球・料理 好きな言葉:唯一無二

所沢店はベテラン社員が多く、家主様との信頼関係も厚く、交渉には自信があります!
初期費用・家賃などお客様のご希望に近付ける為に、全力でお手伝いさせて頂きます。

 

所沢は西武ライオンズの本拠地ですので、昔から野球ファンの集まる街というイメージがあります。

そんな所沢で昨今注目が集まっているのは、2020年にオープンを予定している「ところざわサクラタウン」です。

東所沢駅から徒歩約10分ほどの場所で、出版会社のKADOKAWAが所沢市と共同で取り組んでいる複合商業施設「ところざわサクラタウン」。図書館、美術館、博物館やアニメミュージアムを通してクールジャパンの文化発信の中心となることを目指しているんですよ。

「ところざわサクラタウン」への期待は高く、日本の文化を伝える場所という役割を最近になって割り当てられたようにも思える所沢ですが、この地が日本の重要な伝統や文化を伝えてきた場所であるということは、実は昔から変わりありません。

日本の航空発祥の地、所沢。「所沢航空記念公園」は空への興味を育てる

所沢駅から西武新宿線で一駅の「航空公園駅」前にある「所沢航空記念公園」は、所沢市のランドマークともなっている公園です。

「所沢航空記念公園」には、子供が体を動かせるようなアスレチック遊具があり、家族でお弁当を広げていたり、土日はフリーマーケットが開催されたりしていて、所沢市民の生活に欠かせない存在なんですよ。東京ドーム11個分とも言われる広大な公園で、敷地内には高校野球の試合が行われる野球場、テニスコートや所沢市図書館もあります。

「所沢航空記念公園」はその名の通り、公園内に「航空記念発祥館」があります。「航空記念発祥館」では、セスナ機の操縦桿を触れるコーナーやフライトシュミレーターなどがあり、飛行機に関することを学ぶことができるんですよ。

実際に使用されていた本物の飛行機を見ることができますよ。「C-46」という航空自衛隊の輸送機や、国産旅客機である「YS-11」も公園内に展示されています。

実は、航空公園は明治44年に開設された日本で初めて作られた飛行場、「所沢飛行場」がその前身となっているんですね。この歴史が所沢が日本の航空発展の中心地と言われる所以なんです。

明治43年に代々木公園があった場所で日本での初飛行を成功させた陸軍は、東京近辺での飛行場を作れる場所を候補として挙げていきました。所沢はその候補の一つであり、こうして選ばれて出来たのが「所沢飛行場」だったんです。

明治44年に「所沢飛行場」にて、徳川好敏(とくがわよしとし)大尉がファルマン機の操縦を、日野熊蔵(ひのくまぞう)大尉がライト機の操縦を成功させて以来、操縦士の教育や新型機の試作がこの場所で行われるようになったんですよ。

終戦後は米軍基地として接収されていた場所の一部が昭和43年に返還され、昭和53年に「所沢航空記念公園」としてオープンしました。

宮崎駿が歩いた道。トトロの森で残していきたい自然について考える

所沢は、自然が多く残る街でもあります。「となりのトトロ」のモデルとなったと言われている所沢の「トトロの森」を聞いたことがある人もいるのではないでしょうか。

「となりのトトロ」に出てくる日本の原風景は宮崎駿が実際に散歩をしたことで見つけた場所を描いているそうで、その一つが所沢にあるんです。サツキとメイが父の帰りを待つバス停があるあの道も、戦時中に所沢飛行場に通すために作っていた道路がモデルとなっているんですよ。

「トトロの森」は西武狭山線の「西武球場前駅」から徒歩15分ほどのところにある狭山湖の周辺に広がる狭山丘陵にあります。

経済的な理由で自然が破壊されることを防ぐ「ナショナル・トラスト活動」として「トトロのふるさと基金」が作られ、1991年には「トトロの森1号地」が誕生しました。

現在では、狭山丘陵内に48ヶ所の区域が「トトロの森」として指定されていますが、これらは全て「トトロのふるさと基金」によって保護されています。「トトロの森」として指定された48ヶ所の多くは雑木林であり、これらは手づかずの自然として残った森ではなく、人が自然を破壊しない範囲で利用しながら形作ってきた林のことを指すようです。

「トトロのふるさと基金」といった活動のおかげで都会になりつつある所沢駅周辺と対照的に、所沢では現在も多くの自然が残されていて森林や里山には、キツネやホタルといった生物を見ることもできるんですよ。

「トトロのふるさと基金」の活動拠点としているのが「クロスケの家」と名付けられた古民家です。「となりのトトロ」のまっくろくろすけが出てきそうな雰囲気を漂わせているこの古民家は、養蚕用の蚕室として使用されていた場所を茶工場に作り変えたもので、かつての製茶工程を見ることができ、ただの活動拠点の場所としてではなく一般にも開放されています。

クロスケの家に茶工場があることからもわかるように、狭山はお茶の生産地としても有名で、所沢のお土産として「狭山茶」もよく挙げられます。

埼玉県で、現在のように茶栽培が行われるようになったのは、江戸時代の後期頃と言われています。幕末に横浜が開港されると、茶は生糸についで重要な輸出品となり、狭山周辺で作られた茶も北米などに輸出をされていたようです。

9割が女性店長の「山田うどん」。新しい所沢では、時代にあった方法で守りたい伝統や文化を繋いでいく

所沢を歩いていると「ファミリー食堂山田うどん食堂」の黄色いに赤いカカシが描かれた看板をよく見ることに気づくと思います。埼玉県民の馴染みのうどん屋チェーン「ファミリー食堂山田うどん食堂」は、2018年の7月にブランド名を「山田うどん」から「ファミリー食堂山田うどん食堂」に変更し新しくなりました。

「山田うどん」の本社が所沢にあり、所沢を中心に埼玉の西部では学校給食にも「山田うどん」のうどんが使用されていた過去がありました。

もともと、小麦の一大産地だった所沢に、「山田うどん」は昭和10年に創業されました。製麺の状態でのうどんの伸び行きがあまりよくなく、自社でうどんを売ってしまおうとドライブイン形式でうどん屋を始めたのが「山田うどん」の由来と言われています。

糖質を制限するような食事が流行っている昨今でも、ボリュームを意識した「山田うどん」のメニューに大きく変更を加えることなく、流行に踊らされることなく「山田うどん」のメイン顧客が求めるものを提供することによりこだわっているそうです。

そういうと時代の流れに逆らっているようにも聞こえるかもしれませんが、「山田うどん」の店長はなんと、9割以上が女性なのだそうですよ。地元の定食屋の雰囲気を出すために女性をあえて採用しているみたいなんです。そういう経営方法は、時代の先をゆく新しさを感じますね。

「航空公園」や「トトロの森」もそうですが、この地にあるいいものを残しながら、新しい方法で文化を伝えていく土地柄を持つのが、所沢なのかもしれません。

ハウスコム株式会社 所沢店

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