元サッカー日本代表主将・宮本恒靖氏×ハウスコム株式会社 代表取締役社長 田村 穂氏「100年先を見据えた暮らし方、生き方を考える」-前編-

2014年以降に生まれた人の2人に一人は、107歳まで生きる――。そんな驚きのデータが出ている今、“人生100年”を想定した生き方は、私たちの誰もが考えるべきテーマになっています。ハウスコムでは、2017年に「1年半先と100年先を見据えた暮らし方」を考えるメディア「Living Entertainment」を立ち上げ、働き方、生き方に関するコラムを発信しています。

今回、ハウスコム代表取締役社長・田村穂氏と対談するのは、内閣が立ち上げた「人生100年時代構想会議」のメンバーに、スポーツ界から唯一選ばれた元サッカー日本代表主将で、現在はガンバ大阪U-23の監督である宮本恒靖氏。経営者とスポーツ指導者という異なったフィールドにいる2人が、人生100年時代をどう生きるべきか、意見を交わしました。

多様な価値観の理解が、事業課題だと思った

宮本恒靖氏(以下、宮本):ハウスコムさんが新しく立ち上げたメディア「Living Entertainment」は、どんな思いから生まれたものなのですか?

田村穂氏(以下、田村):「世界はいろんな価値観、考え方があって成り立っている」ということを、メディアを通じて発信したいという思いがずっとありました。発信する側である私たちがその多様性を認め合う存在でいたいというのが、立ち上げを決めた理由です。ハウスコムは、「お客さまに部屋を紹介する」会社ですが、「部屋を紹介する」ときに大切なのは、多様な価値観を理解することです。その多様性に想像力が及ばなければ、ハウスコムの営業の仕事はうまく進みません。例えば、私がおいしいと思うコーヒーを、宮本さんも同じようにおいしいと思うとは限りませんよね。同じ建物を見て「キレイに管理されている」と思う人と「古さが気になる」と思う人がいる。同じ部屋を見て「広くて開放的」と思う人と「日当たりが悪くて閉塞感がある」と思う人がいる。お客さまは自分と同じ考えである、という前提で会話を進めてはいけないんです。

宮本:なるほど。でも、それを理解するのは簡単なことではありませんよね。

田村:そうなんです。いろんな情報に触れ、いろんな人に出会うことでだんだんと分かっていく。「Living Entertainment」というメディアを通じて、その多様性を少しでも発信できたらいいなという思いがありました。

自分が媒体となってサッカーを広げたい

田村:宮本さんは、「マリモスト」(ボスニア・ヘルツェゴビナの民族対立を、スポーツを通じて解消していくというNPOプロジェクト)の活動のほか、「人生100年時代構想会議」有識者議員に選ばれるなど、サッカーというフィールドを越えて幅広く活躍していらっしゃいますよね。こんなことを発信したい、という思いはあるんですか。

宮本:僕の軸はいつも変わらず、自分が媒体となってサッカーの魅力を伝えたい、ということです。サッカーを極めたいと思ってプロの道に進んだときも、日本代表のキャプテンをやったときも、引退後にFIFAマスターに行くと決めたときも。サッカーを通して学んできたことを子どもたちにも伝えたいと、指導者や監督としての将来を考えたとき、スポーツを経営学や法学、歴史の観点から学ぶ機会が必要だと思ったんです。FIFAマスターは、まさにそれらを学べる最適な場でしたね。

田村:学ぶ意欲も、キャリアを長期的に考えた視点も、すべてが素晴らしいですよね。

宮本:いやいや、興味を持ったことにあれこれ手を出しているだけです(笑)。よく「スポーツ選手のセカンドキャリア」という話がありますけど、キャリアは生涯を通じて続いているものであって、現役時代と引退後をばっさりと分けて考える必要もないと思っています。そのときそのときで、興味のある分野にコミットしていれば、次にやりたいことも見えてきます。かといって「サッカーに集中するためにほかのことはやらない」と頑なになる必要もなくて、やりたいと思えば同時進行で他のことをやってもいい。サッカーには一見関係ない情報や人脈、関心を持って続けていたことが、サッカーにどう生きてくるかわかりません。監督とのコミュニケーションやメディア対応などに視野の広さが生きて、新しいチャンスにつながるかもしれません。スポーツの世界ではとくに「1つの道に集中する」ことが良しとされがちですけど、もっとアンテナを広く持って、欲深くていいと思っています。

田村:目の前のことに一生懸命向かっていれば点と点がつながっていく、という考えにはすごく共感しますね。私は、大学を中退して、社会人を経験したあとに経営学を学ぼうと大学院に入りなおした人間なんです。先を見通す力があるとは思わないけれど、自分を取り巻く変化には常に敏感でいようとしていました。20代で営業としての限界を感じ「経営を体系的に学ばなければ漫然と業務をこなすだけで終わってしまう」とすぐに行動に移しました。社会人になる前に学んだことだけで、一生食っていくことはできません。自らの環境を変えていきながら、どうすれば幸せなキャリアを描けるだろうと考えるクセは自然についていきました。自分にはこれが足りないと思えば、得られる場所を探して移っていくフットワークの軽さは、今後ますます求められていくと思います。

-後編に続く-

取材協力:エートゥジェイ

<フリーライター>
取材・文:田中 瑠子

<プロフィール>
株式会社リクルートで広告営業を3年間経験。のち、幻冬舎グループで2年間の書籍編集を経て、フリーランスの編集・ライターに。東京ヤクルトスワローズのオフィシャルライターとして選手、監督インタビューを3年間行い、人物インタビューの経験を積む。同時に、実用書、ビジネス書、雑誌の執筆を幅広く手掛ける。

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