ボスニア・ヘルツェゴビナと日本の子どもたちが一緒にサッカーを楽しめたらいい。宮本恒靖氏が描く未来。vol.4

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「スポーツを通して、民族融和をはかりたい」

「スポーツを通して、民族融和をはかりたい」。元サッカー選手・宮本恒靖さんによる修士論文をきっかけに、「ボスニア・ヘルツェゴビナの子どもたち向けに、スポーツアカデミーを設立する」プロジェクト、「マリモスト(現地語で小さな橋)」が2013年8月に始動しました。それから約3年後の2016年10月、かつての紛争地モスタルに、スポーツアカデミーが完成。「まだ何も成し遂げられていない」と話す宮本さんに、今後への思いを聞きました。

「マリモスト」の活動が初めて日本のテレビで取り上げられたとき

スポーツアカデミー活動場所の建設と並行して進めたのが、「マリモスト」が何をしている団体なのか、現地の子どもたちや保護者に伝える活動です。まずは、保護者向けに説明会を開き、子どもたちを「マリモスト」のサッカークリニックに参加してもらうように思いを伝えていきます。子どもたちや学生向けには、「マリモスト」のロゴを決めるコンテストを実施しました。そしてその応募作品の中から実際に使うロゴを選定しました。「このロゴは自分たちが作ったものだ」という自覚が出れば、活動参加への動機になると思ったんです。

そんな地道な活動のおかげで、スポーツアカデミー開校前のイベントには、100人以上の子どもたちが参加してくれました。子どもたちの募集は、現地のプロジェクトリーダーとして動いているジェナンが進め、私も日本から2回ほど参加しましたし、他のメンバーもヨーロッパ各地から参加しました。

「マリモスト」の活動が初めて日本のテレビで取り上げられたとき、子どもを活動に参加させてくれている保護者をインタビューした映像が流れました。この方は実際に紛争の際に兵士として戦った経験がある方だったのですが、「自分たちの世代は戦争でいがみ合ったけれど、子どもたちには民族を意識することなく仲良く暮らしてもらいたい。だからこのプロジェクトに意義を感じて参加させた」と。その言葉には本当に胸が熱くなり、「やってきてよかった」と思いましたね。

一方、スポーツアカデミーの活動場所となるピッチとクラブハウスの建設は順調とはいえない状況が続いていました。2016年10月に無事完成したものの、当初の完成予定は2016年初めだったんです。活動場所はモスタル市の施設のため,この市側の予算確保をめぐって時間がかかりましたし,入札などの手続きもありなかなか着工できませんでした。また,大きなお金が動くプロジェクトには、何らか理由をつけてプロジェクトに入り込もうとする業者が必ず出てくるんです。これは、ボスニア・ヘルツェゴビナ出身のオシムさん(イビチャ・オシム元日本代表監督)に当初から指摘されていたことで、常に気を付けなければいけない緊張感がありました。

スポーツを通して子どもたちに社会性を身につけてもらう

昨秋のスポーツアカデミー拠点となるクラブハウスとピッチの完成は、「マリモスト」がようやくスタート地点に立てた証です。まだ何も成し遂げられていませんし、「これができたら終わり」と言えるプロジェクトではないけれど、まずひとつ形になったことにほっとしています。

「マリモスト」の活動では、スポーツを通して子どもたちに社会性を身につけてもらうことを大切に考えています。一人ひとりが違って、その個性を受け止める多様性も学んでほしい。目的は、プロのサッカー選手を育てるということではありません。「マリモスト」でサッカーや他のスポーツに触れた子どもたちが、将来、国を担う存在になるかもしれない。もちろん、プロを目指す子もいるかもしれない。いろんな可能性を秘めた子どもたちが、「マリモスト」を通じて、「民族の違いなんて関係ない、みんなでうまくやっていける」という思いを少しでも持ってもらえれば、何かが変わるかもしれない。相互理解や多様性をチームとして大切にしながら、そんな期待を持っています。

今後は、子どもたちが、他の地域、他の国の子どもたちと触れ合う機会を作りたいですね。日本に連れてきて、日本の子どもたちとサッカーを楽しむことで、視野がぐっと広がるんじゃないかと思っています。運営面では、現地で「マリモスト」の存在がもっと認められて、サッカークリニックの参加を有料にできるような仕組みを作っていきたい。今は誰もが無料で参加できるのですが、参加料という形で、現地でも資金が集められるプロジェクトにしていければ理想です。

「マリモスト」の活動や成果や、目に見えないもの。価値を数値化できないむずかしさはあります。でも、「すごくいい活動だね」という現地の声を胸に、協力してくれるメンバーを少しずつ増やしていきたい。スポーツのチカラを、ボスニア・ヘルツェゴビナで生かしたいし、私は生かせると信じています。

取材協力:エートゥジェイ

<フリーライター>
取材・文:田中 瑠子

<プロフィール>
株式会社リクルートで広告営業を3年間経験。のち、幻冬舎グループで2年間の書籍編集を経て、フリーランスの編集・ライターに。東京ヤクルトスワローズのオフィシャルライターとして選手、監督インタビューを3年間行い、人物インタビューの経験を積む。同時に、実用書、ビジネス書、雑誌の執筆を幅広く手掛ける。

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